速読のスピードが倍になっても、読書の効果は倍にならない
まったく筆不精の上に界隈の反応から遅れること約4日。でもとりあえず触れておこう。
404 Blog Not Found:速読に役立ちそうな5作品とその読み方
トラックバックやコメントを見ると、速読できることに憧れを持っている人が多い。でもこの速読には罠がある。速読のスピードが倍になっても、読書の効果そのものは倍になることはない。
引用ブログでも触れているけれど、
読書は脳に情報をダウンロードすることでは断じてありません
ここまでは、よい。
しかし、それどころか、「文字を読んで知識を得るという作業」でもない。ということは、意外に知られていない。
読書の効用は何か? もちろん、知識を増やすという効用もあるだろう。だが、もっとも重要なのは、インプットに対して、自分の頭で考えるという作業である。そして、自分の頭で考えるという作業自体は、読書のスピードが上がったとしても、それに比例して効率的になるものではない。読書のスピードが上がらなくても、精神集中さえすれば、思考の効率は上がる。
読書をしたほうが頭がよくなった気になるのは、ただぼんやりとコーヒーを飲んでいるときに比べ、情報のインプットによって思考がインタラクティブになるからだ。思考は自分の回路だけでは閉鎖的で発展しない。必ず外部からの情報を必要とする。こういう意味においては、読書は会話にも似ている。インタラクションが思考を発展させる。自分が思いもつかなかった問題を提起され、必死に答えを探す。
しかし、必要以上のインプットはフィルタされ、捨てられるだけだ。だから、どちらかというと速読のテクニックを身につけるよりは、速考のテクニックを身につけるほうが大事だ。まあ、それにしたって近道なんかないのだけれど。
1日に2〜3冊の本を読んだ? でも結局、考えるという行動は、24時間しかやってない。それは、今日1冊も本を読まなかった俺と同じ長さです。
もちろん、「何冊読んだ」ということが大事だったり本のタイトルにそういうことを書きたい大作家なんかには、「速く読んだ」というほうが大事なのだろうけど。読みたい本を、納得のいくまで読めばよいのだと思いました。